モンゴリアンブルー(*)
2018.08.20


 学生の頃、買った本で、当時放送されていたラジオ大学講座のテキストである。当時、国民楽派の音楽にのめり込んでいた私は、講座は毎回聴いていた。小泉文夫氏といえば東京芸術大学音楽学部で音楽学、とくに民族音楽の研究者として第一人者だった方であり、故人となった今でも、その研究内容・方法は現在民族音楽の研究を行なっている者にも深い影響を与え続けている。久々に取り出して読み返してみた。この本のまえがきに「おお、そうだよなぁ」と思うことが書いてあった。
(以下、敬称略)
 小泉によれば、民族音楽とはある民族の集団的表現や伝統に培われたものであれば職業的音楽家による作品や演奏もこれに含まれ、民俗音楽とは民衆の生活・行事に密着したもので職業音楽家によるものは除かれるのがふつうである。そしてある民族の音楽について調べようとするとき、①民俗音楽②宗教音楽③芸術音楽を柱にすると便利である(「調べやすい」の意だろうか)。ここで民俗音楽には民謡、わらべ歌などの他に半職業音楽家(大道芸人・遊び芸人)の作った音楽も含める。宗教音楽とは宗教的儀式などのために用いられる音楽で、職業音楽家が芸術として作ったもの(J.S.バッハの「マタイ受難曲」はこれに相当するだろうか)は含めない。芸術音楽とは職業音楽家の創作・演奏によるもので、大衆音楽、流行歌、学校教育で使われる音楽も含める。
 民族音楽・民俗音楽・芸術音楽研究についての小泉の考え方を図で表すと次のようになる。




 ある民族の芸術音楽と民俗音楽とで、音楽の理論的な組み立ても使用する楽器も全く異なっているときは、その民族の芸術音楽は他民族の音楽を借用したものと考えられる、というのが小泉の考え方である。
 このまえがきは学生だった当時、私は全く気に留めなかったが、今年私がモンゴルへの渡航研究でやろうとしているモンゴルと隣接国との国境地域の音楽収集は、あらためて考えてみるとこの考え方にかなり影響されている。
 ただ、今出発を前にしてマリッジブルー(結婚式をひかえた女性によくみられる精神的不安定状態)ならぬモンゴリアン・ブルー(*)になってきている。日本の民謡・わらべ歌によくみられるヨナ抜き音階・ニロ抜き音階はモンゴル民謡・中国・朝鮮半島の民謡にも見られる特徴であり、三味線は琉球から渡ってきたものである。胡弓は構造は三味線に似ており奏法は中国の二胡、モンゴルの馬頭琴に近い(楽器学的には馬頭琴とは異なる楽器であり二胡に近い楽器である)。この研究を進めていった場合、日本の芸術音楽は元々が大陸から朝鮮半島・琉球王国を経て流入してきたもので、本来日本には音楽文化はなかった、という結論に達してしまう可能性があるのである。

(*)モンゴリアン・ブルーとは本来、モンゴルの乾燥した気候の中で見られる、抜けるような青い空のことである。

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