モンゴル調査研究(10)
2017.09.27

チョイバルサンでの全日程を終え、今日はウランバートルへ帰る日です。また520km、12時間の旅です。来るときに一度見た(ついでにいえば昨年も見た)同じ景色ですが、私は飽きません。草原の所々に見えるゲル(遊牧民の移動式住宅)や放牧されている動物など(写真左)を楽しみながらのドライブです。ワンダン先生は運転しながらモンゴルの小唄を歌っていました(写真右)。演芸場のプロのステージでも遊牧民の生活体験ゾーンでの観光客向けのものではなく、自分の歌いたいとき、楽しみたいときに口から出てくる歌、こういうのが本当の民謡だと私は思います。↑の画像をクリックすると聴けます。


帰路もまたウンドゥルハーンの同じレストランで昼食。帰路はここでの休憩時間が短かったので町を見ることはできず、車窓からのみ見学。新潟大学の白石先生が発掘調査したアウラガ遺跡に行ってみたいな、という思いを残して、ウランバートルへ向け出発。


往路は立ち寄らなかったチンギス・ハーン記念パークで少し長めの休憩をとりました。時刻は17:30くらいでした。秋分の日を過ぎた北極圏に近いこの国では辺りはかなり暗くなっていますが、よく見るとけこう車が停まっていて、売店や食堂が閉まった後もこの場所は長距離運転してきた運転者の休憩場所として定番になっていることがわかります。昼間もいいけど、夕陽に映るチンギス・カーン像もなかなか素敵です(↑写真中央)

19:00少し過ぎくらいにウランバートルに帰り着きました。さすがにヘトヘト。長時間運転のワンダン先生とカウガさん、本当にお疲れ様でした。
モンゴル調査研究(9)
2017.09.26
第12学校2日目、今日は別行動の予定はないので、私も体育の先生方の調査研究を見学しました。
(本日の記事はすべて画像をクリックすると動画で見られます)


↑は立ち幅跳びの記録をとっているところです。


↑逆上がりの様子です。これは何か数値データがとれるものではないのですが、体育の先生にお聞きしたところ、まずできるかできないか、できない場合どのような支援をすればできるようになるかを記録しているのだそうです。


↑今日も引き続き50m走の測定を行いました。今日のクラスは走り終わった後、これから走ってくる子の走路を妨害してしまう子が多く、そちらの面倒も見ながらなのでゴールでの係は私も息子に協力しました。

午後は、音楽ホールで子供たちの合奏・合唱・ダンスなどを鑑賞しました。この音楽ホールは昨年も施設を見るだけは見たのですが発表ステージは今回初めて見ました。


↑はリコーダーの合奏で、この曲はモンゴルの子供なら誰でも知ってているといわれる童謡です。出てくる音がD・E・G・A・H・D(Gを主音とするヨナ抜き音階)のためかモンゴルの学校の音楽では3年生のリコーダーの導入段階でしばしば用いられます。


↑は鍵盤ハーモニカの合奏で、ブリヤートの民謡です。この曲は昨年、この学校の音楽担当教諭の授業で初めて聴きました。Dを主音とするニロ抜き音階(D・F・G・A・C・D)で黒鍵なしで弾ける(吹ける)曲なので鍵盤ハーモニカの導入段階で使われることが多いようです。


↑このような子供ユニットはこの国ではけっこう多いです。9/21の記事でも紹介した「9月1日」という歌も私は2014年にこちらに来たとき、テレビで子供のダンスユニットが歌うのを聴いて知りました。



これは少し高学年(おそらく7~9年生、日本の中1~3に相当)の生徒と思われます。発声はモンゴルのオルティンドーと同じに聞こえますが、音楽はオルティンドーのような明確な拍節のない装飾的な旋律ではなく、明確な拍節を持つ旋律です。これがボギンドー(モンゴル語で「短い歌」の意)なのかな?とも思いましたが、音楽に精通した通訳さんがいなかったので正確なところはわかりません。


↑はモリンオール(馬頭琴)の合奏ですが、授業時間帯に教室・音楽室から馬頭琴の音は聴こえてきたことはないので、これは授業の成果ではなく部活のものだと思われます。この曲はモンゴルのあちこちで聴く曲です。2014年もモンゴル国立医科大学を訪問したときも学生サークルの演奏で、また昨年も遊牧民の生活ゾーンにお邪魔したときに聴きましたが、正確な曲名がいまだにわからずです。


↑も部活だと思いますが、10~12年生(日本の高1~3)の生徒のダンスユニットです。民主化以後のモンゴルでは民族舞踊の他、若い世代を中心に西洋音楽・ダンスもさかんに採り入れられるようになってきています。ウランバートルにはプロの民族舞踊団の公演が見られる劇場・演芸場が数多くありますが、そこでも伝統的な音楽・舞踊に混じって必ずといっていいほどこのようなモダンな演目が入っています。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、最後の演目となりました。最後は子供たちによる日本語での合唱でした。この学校では昨年、JICAから派遣されてきた先生方により日本昔話の「桃太郎」が伝えられています。それが1年経った今も忘れられることなく、子供たちに教えられていることに日本人のひとりとして喜びを感じました。

これで2日間のチョイバルサン市での調査研究はすべて終わりました。この地は昨年も来ているのですが、昨年は日程の関係で地域的な事情まで見て回る時間はありませんでしたが、今回は自由研究が2日あったので、いろいろと見て回る時間が取れました。本日の記事の最後にこの点について書きたいと思います。
「貧富の差が大きい」というのは発展途上国ではどこでも見られることですが、モンゴルではこのチョイバルサンも首都ウランバートルも、人々の貧富の差というより政府・自治体が金をかける地区・かけない地区の差が大きいということを強く感じます。

↑の図は、今回チョイバルサン市で調査研究で行動した範囲(観光自由研究での行動範囲は含みません)の略図です。ピンクの区域は、日本でもこんなに文化・子育て・教育環境が整った地域はそうそうないだろうというくらい、学校・幼稚園、子供たちのスポーツ活動施設、その他の文化施設が整っています(↓の写真左)。一方、水色の区域は旧ソ連支配時代が終わった後、経営難で廃業したのだろうと思われる町工場などがそのまま放置されている状態だったりします(↓の写真右)。

要は国も企業も儲からないところには金はかけない、ということなのだろうけど、せっかく広大な国土を持つのに、このような有効利用されていない土地がどれだけあるのだろうか、この国にとって資本主義化は果たして本当にいいことだったのだろうか高度経済成長の時代以後、ずっと大企業優遇の政策しかとっていない東アジアのどこかの島国もそう遠くない将来同じことになるのではないかと気になりました。
モンゴル調査研究(8)
2017.09.25
2日間の観光(ゲフンゲフン)、自由研究を終え、今日からまた学校での調査研究再開です。今回訪問するのは昨年もお邪魔しているドルノド県第12学校。今日はほとんどの時間、体育の先生方とは別行動になります。


体育の先生方は引き続き子供たちの体力測定です。↑は50m走の様子です。昨年来たときには工事中だったグラウンドが完成していて陸上用のトラックも出来ていました。昨年は↓のように(背景に注目)グラウンドがまだ出来ていなかったので、隣の廃屋化した学生寮の敷地を使って実施しました。その学生寮は今では工業技術系の専門学校として生まれ変わりました。



この学校には音楽担当の先生が2名いらっしゃるのですが、昨年授業を見せてくださったオユンバートル先生は現在日本にいらっしゃるので不在でした。そこで今年はもうひとりの音楽の先生、ムンクジャーガル先生の授業を見せていただきました。(↓の画像をクリックすると動画で見られます)



午後からはドルノド県第5学校へ行ってきました。この学校にはJICA(ジャイカ、国際協力機構)の海外青年協力隊として来ている先生がいらっしゃるときいて、お話を伺ってきました。JICAからは毎年このチョイバルサンに隊員が派遣されています。任期は2年。昨年は第12学校にも隊員として来ている先生がいらっしゃいました。教員の他、理学療法士、看護師など分野は多岐に渡っています。
今回お会いした第5学校に来ている渡辺先生はご専門は音楽ではなく算数・数学教育なのですが、授業を参観してもよい、ビデオ収録もOKということなので見せていただきました。(↓の画像をクリックすると動画で見られます)


この先生の授業を見ていて思ったのですが、「言葉の壁」がほとんどないように思えます。JICAでは派遣先の国の言葉について2か月間研修を受けてから来るのだそうですが、研修だけでなく実際にその国に住むのが外国語を覚えるのに最も効果的ということの大変よい例だと思いました。逆に考えればこのような「気付かせ」の授業は言葉が通じないからこそ可能なのだとも考えられます。


授業を見せていただいた後、渡辺先生がこの学校の中を案内してくださいました。写真左は音楽発表会に使うホールで、ダンスの練習もここを使用するようです。同等の設備は第12学校、ウランバートル第28学校にもあり、音楽教育に携わる者としては日本の学校よりはるかに進んでいる(恵まれている)ではないか!と思うところです。
写真右は資料室ですが、さながら「校内民族史博物館」。昔のモンゴルの服、子供のおもちゃ、民族楽器の馬頭琴もありました。様々な科目で民族史的資料が必要な場合に使用する教材を共有しているということでしょうか。



第5学校での見学を終え、帰ろうとしたとき、子供たちが一斉に中庭で出だしたので、何かと思ったら全校生徒揃っての体操の時間のようでした。第5学校は昨年立ち寄るだけ立ち寄ったのですが、その時にこれが終わったところに遭遇しています。昨年は「何やってんだろう?」と思ったのですがこれだったようです。(↑の画像をクリックすると動画で見られます)
スマフォ撮影なのでファイル変換した際、少々コマ飛びしてしまいました。お見苦しい点をご容赦ください)
体操といっても日本の職場の体操のような「皆で同じ時間に同じことを」して規律を保つ、というようなものではなく、音楽に合わせて各自が好きなように体を動かすことを楽しむ時間、という感じです(*1)。

(注)
(*1)考えてみればこのチョイバルサンの居住者は、モンゴル民族だけでも最も多数のハルハ族、中国系のヴァルハ族、ロシア系のブリヤート族がいて、さらに中国人、ロシア人、(韓国人もいるとのこと)が混在しているのだから、同じ音楽を聴いてもリズムの取り方、ノリがみな異なるわけで、同じ音楽で全員がピシッと動きを合わせることはそもそも無理である。

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